日本語が話せない妻が実家の新潟まで行けた!
タイトルの通り、本日妻が中国北京から娘と義母を連れて日本に来たわけですが、元々は私が当然空港まで迎えに行く予定でした。
でも、なぜかこの時期の北京-成田の航空チケットが高い+品薄で、妻があらゆる旅行会社へ電話して問い合わせて、大体が空席なしで、航空チケットがあったとしても5000元以上というかなり高額なチケットばかりでした。
で、一昨日、あるチケット販売店から妻へ電話があり、結構な割安なチケットがある、とのことで、急遽そのチケットを購入。
出発は翌日(つまり今日)とのこと。。 私も出張で東京に来ている身分でしかも毎日が過密スケジュールなので、迎えに行けず。。。
ということで、妻に画像と日本語のカンペを送って、「これだけ押さえてれば大丈夫だから」というのを作った。
成田空港から新潟までの簡単なルート説明をすると、
成田空港→スカイライナーで上野→上越新幹線で燕三条
という流れになる。
1、空港に着いたら電話
まずは空港に着いたら電話するように伝え(まずここが肝心)、下図の画像を作成し送った。
テレホンカードを買いそれから私に電話するように伝える。
2、スカイライナー終点上野駅まで
上野まで大人2人、乳幼児1人お願いします。 というカンペを妻に書き取らせた。
もう4回日本に来ている(いずれも成田-新潟)ので、スカイライナーの改札口はよく知っているので、改札の位置については詳しい説明は省略した。
3、上野に着いたらJR上野駅で新幹線の切符を買う
上野駅構内も結構広いので、新幹線の切符をどこで買うのか、というのを教えるのは結構難しい。ということで、下記の画像を用意した。上野駅に着いたらまずこの画像と同じ標識を探すように伝える。
切符を買うときは、
上越新幹線 上野から燕三条までの自由席、大人2人、乳幼児1人お願いします。
自由席の車両番号もお教えください。 という文章を書いてそれをチケット販売窓口の人に見せるように伝えた。
4、上越新幹線上野駅ホームの公衆電話から電話
何時発の新幹線に乗るのか、電話するよう伝える。
以上の内容を昨日妻とQQチャット経由で伝えた。
そして今日、妻は全てのことをやってのけた!
13時20分くらいに空港に着いた、との電話を受け、18時50分くらいにもう家に到着していた。(燕三条駅までは親が車で迎えに行ってくれた)
一方の私は今日も残業。20時半にようやく帰途につくのであった。もうこんな出張生活嫌です。
中国企業が日本の職場から日本人を追い出す日
あまりいいタイトルではないのですが、実際のところ、中国の安い人件費を求めてアウトソーシングする日本のIT企業は少なくなく、それによって会社から解雇を言い渡される人もまた少ないないはずです。
私はそのアウトソーシング受注側で働く日本人で、現在東京にて受注するための引継ぎをしているわけです。
そこで何だか悲しい現実を知ったわけです。
そこの会社が中国へアウトソーシングを決定したことで解雇を言い渡された方がいるのですが、実はその人が今回の引継ぎをメインで担当するとのことで私の心中もとても複雑な思いが駆け巡りました。
「実は私は7月末で会社辞めるんですよ」
その人は北関東訛りが少し残る温かみのある声でこう話し始めた。
「え?」と私は一瞬言葉が出なかったが、続けて「それはこの事業を中国へアウトソーシングするからですか?」と訊ねると、そうだと言う。
この人は、今回中国へアウトソーシングが決まった事業部門を何もないところから立ち上げ、ノウハウを蓄積し、現在は10名前後のチームをまとめています。お客さんから絶大な信頼を得、高いサービス品質を保持し続けています。
しかし、そのような功労者を会社は経費削減の名のもと、あっさりと解雇を言い渡すのは何と無情なことだろうと思うと同時に、また中国企業が日本の職場から日本人を追い出すという厳しい現実があることを知ったわけです。
「上の決定なのでそれには従わなければね」とその人は言った。そして続けて「今までのノウハウを全てお渡ししますから」と、あくまで前向きな姿勢を強調した。しかし私にはそのような強がる姿勢が逆に心痛かった。
私よりも10歳以上年上のその人は「また就職活動です」と言ってたのですが、それほど甘いものではないでしょう。
こういった現場での心の痛みや悲しみなどは、大きなビジネスの世界では、全く意味がなく影響力0であり、非情な世界であります。マネージメントする立場の人は結局は「金」ですし、それはそれで当然なわけで否定できません。
しかし私は現場の人間として、5年を投入し築いた愛着のある事業部門を中国へ譲り渡し、かつ本人は職を失うにもかかわらず、不満は口にせず前進し続ける偉大なその人のことを忘れないでしょう。
北京より出張中、東京オフィスからの帰宅風景
出張出勤2日目。
今日は夜の7時半に退勤。
オフィスがある場所は実は私が小学6年生の頃、親が初めて東京見物に連れてきてくれた時に宿泊したホテルがある場所で、何かとても縁を感じます。
東京のこんなど真ん中で仕事をするのも初めての経験ですし、そもそも東京で働くこと自体が初めての私にとって、目にするもの全てが新鮮です。
東京にはこれだけ多くの人々が暮らし働いているにもかかわらず、道端にはゴミひとつ落ちていない。
これだけでも日本が誇れることだと思う。
北京から東京へ出張中に思う

現在、北京より東京へ出張中。
東京はさすがに北京よりは暖かいだろうと思って、それまで着ていた厚手のコートを薄手に切り替えて着ていったら、予想を大きく上回る春の陽気で、空港に到着した瞬間から汗が。。
1年以上ぶりの日本で、まず「慣れないなー」と感じたのが、周囲の日本のほとんどが日本人だということ。
空港で道を聞くのも日本語。最初何て声を掛ければいいのか一瞬躊躇してしまったり、北京生活では生活空間のほぼ100%が中国人と、中国語で会話をしてきたので、この点最初戸惑いました。
前回日本に帰ってきた時も、空港の検閲で質問に中国語で答えてしまったというハプニングもあったり。。
今日は宿泊場所周辺を散歩がてら買い物。
東京の中心部ですが、昔ながらの商店街も健在でした。細い街道沿いに八百屋があり、りんご一袋380円で買いました。
ここの八百屋をきりもりいてたのがおばあちゃん一人だけ。
なんと75歳で「もうすぐ76になっちゃうよ」と言ってました。肝心の稼ぎ手であるはずの息子さんから金銭的に頼られているので働かざるを得ないのだそうで。76歳になるおばあちゃんを働かせるとはとんでもねー奴もいるもんだと、ちょっとムカ。
これもまた東京という街を象徴する風景なのかもしれません。
「中国は大切なものを忘れてしまっている」とは、中国の人権問題を非難する知人の言葉だが、逆に中国には日本人が忘れてしまった親を思慕し尊敬する気持ちが今も息づいている。親戚、家族、兄弟姉妹を大切にする素晴らしい文化がある。
話は変わるが、今日はデジカメをビッグカメラに買に行った。
熱心な店員さんが私の要望にあったカメラを見つけてくれた。対応も申し分なく完璧だった。こんなにも気分をよくさせてくれるサービス精神は中国にはない。
しかし、素晴らしいサービス、定刻通りに到着する地下鉄など、、、高度な社会を実現しようとストイックでありプロフェッショナルな姿勢が、むしろ東京の風景をより殺伐なものにしているように感じられた。
元宵節の花火がすごかった
昨日は元宵節でした。
この日中国では、湯円(白玉)を食べます。由来に関してはこちらを見てください。
その晩、春節の時と同じように私が住むアパートの敷地内ではたくさんの人たちが花火をあげたのですが、もうアパートのすぐ隣で上げているので、窓をあけると花火の熱が直に伝わってきます。凄まじいです。
上の写真は私の住むアパートの窓から撮影したビデオのワンショットなのですが、ちょっと危険を感じました。
かなり大きな花火でしたからね。中国では春節のたびにこの花火が原因で死傷する事故が後をたたないらしいですが、納得できます。
結局、この日は夜の11時過ぎまで花火の轟音が鳴り続けました。
うるさい、というよりは、中国の正月の雰囲気を堪能できてよかった、そんな気分です。
中国の花火が凄まじい件
もう夜の9時過ぎだというのに、未だに花火が終わる気配がない。
中国は個人個人で花火を打ち上げ春節をお祝いするのが一般的で、北京なんて特に人が多いのでそれに比例して花火をあげる人も多い。
私が住んでいるアパート内なんてそこら中で花火が打ちあがって、もうめっちゃ大変である。
戦場に来ているような雰囲気。お祝いっていう雰囲気じゃないですね、ほんとにここまでくると。

花火狂みたいな連中が何時間も打ち上げていて、うるさいの何のって。
昨日は夜中の12時くらいにも花火あげてるバカがいたから、今日も同じでしょう。
明日も仕事だと言うのに。。。早く寝かせてほしいわ。
中国新年を山東栄成で迎える

今年の中国の春節(旧正月)(2010年2月13日)は、妻の実家(中国山東省栄成市)で迎え、初めて家族が一同に揃って迎える春節となりました。
昨年は妻は日本で、一昨年は私は仕事で妻だけ実家で、とこんな感じで家族が一同に介して春節を迎えることがなかったので、今年はとても意義のある春節となり、しかも娘と弟夫婦の息子も一緒で、とにかく賑やかな新年でした。
今回は春節に欠かすことのできない爆竹や花火も買って打ち上げ、年越しの餃子も食べました。
旧正月に爆竹を鳴らすのは、旧正月の風物詩ですが、実は妻の家では未だかつて爆竹を鳴らしたことがないのだそう。理由はというと、、「爆竹って、怖いから」という何とも中国人らしかならぬ理由でした。
栄成はやっぱり田舎ではありますが、どんどん町並みが変わってきています。
妻の実家山東省栄成に帰省し結婚2周年を祝うで大型デパートが開店したと書きましたが、またしても別の大型デパートがオープンしました。今度はもっと家から近いところに!
これからどんどん中国は発展し変化を続けていくんでしょう。
私の日本の実家のある新潟市郊外なんて、ここ20数年間全く変化がないですからね。20数年前の風景が、発展もなく、かといって衰退もなく、そのままの形を留めていることもすごいですけど。
機会があれば写真もアップしていきたいと思います。
中国人の同僚らが盛り上がってると思ったら、、、
もう間もなくお待ちかね退勤時間になりそうな時、3人の中国人の同僚らが何やら盛り上がっております。
自分の席と他の同僚の席を行ったりきたりしながら、何かゲームのことを話しています。目はかなーり真剣。
それぞれの席までちょっと離れているので、PCの画面を見ながら大きな声で何か話しています。
「あ!」
「くそ!」
とかいろいろ。
大体予想はついてましたが、やっぱりオンラインの格闘ゲームに興じていました、仕事中に。
もうすぐ旧正月のお休み。
上司らはとっくに長期休暇をとって不在とあって、好き勝手にやっております。
私?私はもちろんまじめにやってますよ、仕事。
北京は雪
北京、雪である。そんなに降らなかったけど、外は結構寒い。
午後外出して撮った写真が↓。
昨日も同様に朝から雪でしたので、車には乗らずに歩いて家賃を振り込みついでに買い物へ行ってきました。
あまり買う予定はありませんでしたが、食料やら生活雑貨やらあれもこれもとショッピングカートに入れているうちにたくさんになってしまいました。
歩いて帰ると、おおよそ30分以上の道のり。
タクシーにしようか、うーむ。。と迷っていると、目の前に三輪バイクタクシーが。
↓のような。
値段を交渉すると8元で行ける、ということで承諾する。
乗り心地はというと、、サスペンションがないに等しいのでちょっとしたデコボコな道を通過すると激しく揺れる。それさえ我慢すればとてもリーズナブルなタクシーである。
私が買い物先から自宅へ帰るには以下の5つの交通手段があった。
- 正規タクシー 12元
- 個人タクシー 交渉次第、大体10元
- 三輪バイクタクシー 8元
- バス 1元
- 徒歩 0元
こういう交通手段の選択の多さも中国の特徴のひとつで、
状況に合わせて交通手段が選べるのは本当に便利です。
北京レストランで店員が喧嘩し始め食器が散乱
今日も仕事帰りにいつもの中華レストランへ。
すっかり顔見知りになり、店員さんからいろいろ話しかけられるようになってきた。
中国人の店員さんのすばらしいところ。それは全員「素」だということ。
内部事情は分からないが、庶民的な中華レストランで働いている女性店員なんて、ほとんどが地方からの出稼ぎであり、レストラン経営者からは安い給料で雇われているのが普通である。
なので、マニュアルに従って接客するなんて教育は店の中では、まずない、はず。
だから、投げかけられる言葉がとても自然で気持ちがいいのである。
「今日は何食べるんですか?」
「いつもここで食べますね。家では料理しないんですか?あー、仕事で遅いから時間ないですよね。」
「この近くに勤めているんですか?」
そういう風に関心を寄せて話してくる店員さんもいれば、入り口付近に突っ立って、何もしない店員さんもいる。
店が決めた一定のプロセスに従って行動するのではなく、完全に心を中心に動いている。
品質管理とかそういう観点から見ると全く不合格なのだろうけど、こういった空間は私を非常に落ち着かせてくれる。
「人間、やっぱこうだよな」と。
ということで前置きが長くなってしまいましたが、、、
今日の夜、店に入るやいきなり、女性店員同士が取っ組み合いの喧嘩を始め、周囲は止めに入り、私はその間に席に通され座り、私が座った瞬間、取っ組み合っていた一人の女性店員が食器を相手に投げつけ、それが地面に落ち、
パリーン
その破片が私の足元まで届きました。
店員さんの一人が叫びます。
「お客さんが来てるんだから止めなさい!」(ちなみに客は私一人)
そんな言葉も意に介さず罵り合いが始まります。
そして私はそんな喧嘩も意に介さずに料理の注文を完了。
いくら管理されてないっていっても、怒りに身を任せ、客の足元に皿を投げつけちゃいかんやろ。







